大判例

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松山地方裁判所 事件番号不詳〔2〕 判決

主文

原告は被告の子であることを認知する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として

一、訴外大森ヒデヨは昭和八年一二月頃のある晩原告本籍地の父大森八十衛方で独り留守番をしていたところ、被告が遊びに来て「もし子ができれば責任を持つから」と言つて情交を迫つたので同夜被告と情交関係を結ぶに至り爾后昭和一〇年三月二〇日頃迄肉体関係を継続したがその結果原告を懐胎し昭和一〇年一一月二六日原告を分娩した。

もつとも、戸籍簿上は右ヒデヨの非嫡出子として昭和一〇年一二月二六日に出生した旨の届出が記載せられている。

二、原告の母ヒデヨは右当時原告の認知方を被告に求めたけれども被告は前言を飜して原告の認知に応じなかつた。そこで原告は昭和一一年松山地方裁判所に被告を相手方として認知の訴を提起し、松山地方裁判所昭和一一年(タ)第九号認知請求事件として繋属審理せられ、血液検査その他の証拠調も終了し、原告が被告の子であることがほぼ判明し、判決を受けうる段階に立至つたところ被告は原告の法定代理人であつた右ヒデヨに慰藉料として金一封を支払い、右訴を取下げさせた。

三、原告は最近に至り、被告が原告の父であることを知り、矢も楯もなく被告が恋しくなつたから、被告に認知を求めて原告の身分を確定するよう、松山家庭裁判所に被告を相手方として認知の調停申立をしたが、被告はこれに応じないため、昭和三二年三月一三日調停不調に終つたので本訴に及んだ。

と述べ、立証(省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として原告主張事実第一項中昭和八年中被告が訴外ヒデヨと一回情交したこと、原告が昭和一〇年一二月二六日出生の旨戸籍簿に記載せられていることは認めるが、その余の事実特に継続的情交関係に関する部分は否認する。第二項中訴の繋属したこと、これが取下られたことは認めるがその余は否認する。第三項中調停が不調に終つたことは認めるがその余は否認する。

一、原告の母ヒデヨは昭和一〇年七月五日訴外菅福光と婚姻し、昭和一一年三月二三日同人と協議離婚したが、その間昭和一〇年一二月二六日原告を分娩している。右ヒデヨ夫婦は右婚姻に先立つ昭和一〇年三月二六日世間の慣習に従い挙式の上、同日以降夫婦として正常な同居生活を営み今日に及んでいる。それ故原告は右内縁成立の日より二百日以降に生まれた子であるから民法第七七二条の類推により、右福光の子と推定せられる(昭和四年六月二七日盛岡地裁一関支部判決参照)しかもその出生前母と右推定せられた父とは婚姻しているから原告は右夫婦間の嫡出子たるの推定を受けるべきである(昭和一五年一月二三日大審院民事聯合部判決参照)この場合戸籍の届出記載(戸籍吏が福光ヒデヨ間の嫡出子として記載すべきであるのに出生届が協議離婚の届出日である昭和一一年三月二三日になされたためヒデヨの子と記載されているのは違法である)が如何様にあれ父性推定を受けた右福光において所定の否認権の行使をなすべきである。(昭和一三年一二月二四日大審院判決参照)しかるに右福光は否認の訴を所定期間内に提起しなかつたから右推定は確定し、原告は一切の法律上の関係において福光の子として取扱われ、これに反する主張は許されない(昭和二六年一一月二九日福岡高裁判決参照)したがつて原告の本訴請求は失当である。

二、訴外大森ヒデヨは原告の親権者として原告主張事実第二項の訴の取下に当り示談金として約二千円を受領しかつ「今后幸明の私生子認知及び母ヒデヨ並びに幸明の一身上に関しては一切苦情申出間敷」と約した。右約旨は原告の身分につき何等の異議を申出でないことはもちろん原告名義による訴についても親としてこれを制止する努力をなすべき義務を負担するにあるところ、ヒデヨは右約旨上の義務に違反し、原告に協力して本訴追行に協力し、あまつさえ菅福光と共に前記示談金で購つた家に居住しながら、口頭弁論期日に必ず法廷に顔を見せ原告に不利益な証言をした証人正岡ヤスヨ証人池田正保などに対し怒気を含んで非難する等のことを敢てしている事実からみて右両名が本訴を追行している疑もあり、道義違背の行為であるから原告の請求は失当である。

と述べた。立証(省略)

理由

第一、原告の母大森ヒデヨは受胎可能日に被告と情交したか否かに対する判断。

(一)  原告の出生日は何時か。

方式及び趣旨により真正に成立したものと推定せられる甲第一号証(戸籍謄本)によると昭和一一年三月二三日附出生届により原告の出生日は昭和一〇年一二月二六日と記載せられているところ、証人高木章吉の証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証の一、二(産婆記録簿)証人菅福光証人大森ヒデヨの各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、右出生届はヒデヨの父大森八十衛が出生日を誤記して届出をなしたことによるものでヒデヨが原告を分娩した日(出生日)は昭和一〇年一一月二六日であることが認められ、他に右認定を左右するに足る立証はない。

(二)  原告の母ヒデヨの受胎可能期間は何時か。

証人大森ヒデヨの証言、鑑定人小林宏志の鑑定の結果ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、母ヒデヨの最終月経日は昭和一〇年三月一〇日頃であること、その受胎可能期間は同年三月中旬から下旬頃であることが認められる。

さらに右認定の事実を前提とした場合鑑定人小林宏志の鑑定の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、原告は約三週間の早産児であると認められ以上の各認定を動かすに足る何等の立証はない。

(三)  被告は右受胎可能期間中に母ヒデヨと情交したか。

方式及び趣旨により真正に成立したものと推定せられる甲第一、第二各号証(各戸籍謄本)証人大森ヒデヨの証言、被告本人神西善栄尋問の結果の一部に弁論の全趣旨を綜合すると、大森ヒデヨ(明治三九年一二月六日生)は数年二二才の時先夫が死亡し、以后実家である大森八十衛方に帰つて空閨を守つていたこと、昭和八年一二月のあ日の晩、家人が皆所用で外出し、ヒデヨが独り寝床に入り留守番をしていたところたまたま同家を訪れた被告(明治一七年一〇月六日生)から「子供ができたら責任を持つ」といつて言い寄られ、肉体関係を結ぶに至り、その后昭和一〇年三月までの間に五回もしくは六回情交を重ねたこと、最終に情交を通じたのは昭和一〇年三月一九日であつてその日の午前中一家が皆彼岸で、墓参りに行きヒデヨ独りが縄をなつていたところ遊びに来た被告がヒデヨの拒むのをきかず、その仕事ができぬようにして一緒に座敷にあがり、情交を通じたものであることが各認められ、他に右認定を左右しうる立証はない。

以上の認定事実を綜合すると、被告は原告の母ヒデヨとその受胎可能日である昭和一〇年三月一九日情交を通じているものといわなければならない。

第二、ヒデヨは受胎可能期間中被告以外の男性と情交関係があつたか。

後掲認定に示すように菅福光は昭和一〇年三月二六日ヒデヨと結婚式を挙げ、昭和一〇年七月五日婚姻しているので、右福光が受胎可能期間中にヒデヨと情交を通じているか否かにつきまず判断する。

前掲甲第一号証、証人佐伯研治の証言ならびに弁論の全趣旨を綜合して真正に成立したものと認められる甲第七号証、方式及び趣旨により真正に成立したものと推定せられる甲第九号証の一、二、甲第一〇号証の一乃至三、証人石丸保、証人菅輝芽、証人菅福光、証人大森カメヨ、証人大森ヒデヨの各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、大森ヒデヨは菅福光と昭和一〇年三月二〇日過見合し、同月二六日右菅宅(上浮穴郡明神村大字西明神)で結婚式を挙げたが同日同家には祝客数十人あり、明方二―三時頃まで祝酒を呑みあい宴おわつてそのうち大人八名位は同家に泊まつたが、同家は六帖、八帖の二間で手狭のため襖をはずし、男女別々になつて寝むつたので、新婚のヒデヨと福光は肉体関係をしないまま初夜をすごしたこと、当時同地方では結婚初夜に肉体関係を結ばないことは普通であつたこと、翌二七日あと片づけをした上午后二時ヒデヨはその実家(上浮穴郡父二峰村)へ里帰りしたこと、右は主としてヒデヨが実家に残してきた先夫との間の子セツ子が同年四月から小学校に入学するので、その世話をするためのもので、挙式前すでに福光とこのことについては話合のできていたこと、里帰后間もなくヒデヨは福光がある刑事事件で保釈中の身の上であることを聞知し、帰るのが嫌になり一度はもう再び菅宅に帰るまいとさえ決心したこと、福光がその弟輝芽、青木春吉に力添えを頼み同人らが一晩がかりで説得してヒデヨを昭和一〇年四月二〇日過頃福光宅に連れ戻したこと、その頃から右両名は同棲生活を営み内縁関係を結ぶに至つたことその后昭和一〇年七月五日婚姻したことが各認められ他に右認定を左右するに足る立証はない。

右認定の事実によると菅福光がヒデヨと肉体関係を結ぶに至つたのは昭和一〇年四月二〇日過頃以降であつて前示受胎可能期間中には情交を通じていないものといわなければならない。

したがつて右事実を前提とした上で鑑定人小林宏志の鑑定の結果によると、右福光と原告との間には法医学上父子関係が成立する範囲内にあるとは認められないものであることが認められる。(特に鑑定書参考事項二参照)

乙第三号証の一、二は昭和三三年一二月二二日明星栄より被告宛に作成された手紙であつてその内容は六、七年前ヒデヨと右栄との間に色情関係があり、そのためヒデヨから硝酸をかけられたという趣旨のものであるところ、事実の真偽を暫らくおき右は昭和二六―七年頃の出来事というのであるから、前記受胎期間とは全く関係がないから何等の立証の資となるものでない。

証人大森ヒデヨの証言に弁論の全趣旨を綜合すると、ヒデヨは右受胎可能期間中に被告以外の男性と情交を通じていないことが認められ他に右認定を左右する立証はない。

第三、本件請求における特別の事情について。

証人高岡信栄の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証、乙第一号証、証人佐伯研治、証人高岡信栄、証人菅輝芽、証人菅福光、証人大森ヒデヨの各証言、被告本人神西善栄尋問の結果の一部に弁論の全趣旨を綜合すると、菅福光は原告の出生時期の関係からかねてその父性につき疑を抱いていたが、昭和一一年二月頃ヒデヨを激しく追及しヒデヨもついに原告が福光の子でないことを認めたので両者協議の上離婚することに決し、同年三月二三日離婚届がなされたこと、ヒデヨは同日非嫡出子として原告の前記出生届を戸籍吏に届出たこと、その間ヒデヨは原告の出生したことにつき手紙を被告に送つたが被告はこれを直ちに火にくべ何等返事をしなかつたこと、ヒデヨはその后松山地方裁判所に原告の法定代理人として被告を相手方とする認知請求の訴(同庁昭和一一年(タ)第九号)を提起し血液型の鑑定も終わり結審寸前高岡信栄ら部落の有志が仲に入り昭和一一年七月二日被告はヒデヨに対し慰藉料名義で金一、七五〇円を交付し、ヒデヨは原告の親権者として今后原告の私生子認知及び原告ならびにヒデヨの一身上に関しては一切苦情を申出ない旨約して甲第四号証乙第一号証の各書面をとりかわした上、右訴を取下げたこと、その后ヒデヨと福光は内縁関係に入り現在に至つていること、が各認められ、他に右認定を左右するに足る立証はない。

右認定の事実によると、被告がヒデヨに交付した金額は当時の慰藉料としては相当の大金であつたことは公知の事実であるし、特に私生子認知の請求をしない趣旨の念書(乙第一号証)を受領していることは原告の出生について被告が余程身に覚えがあつたためと認めうべき余地がある。

第四、法医学上原被告間に父子関係成立の可能性があるか。

鑑定人小林宏志の鑑定の結果によると、原告と被告とはABO式、MN式、S式、Rh―Hr式、Q式、E式の各血液型並びに指紋、掌紋、耳垢、身体の計測、頭髪の性状、身体的特徴の各検査の結果を分析した上でヒデヨの子である原告と被告との間に親子関係の存在を否定すべき積極的根拠はなく、親子関係の成立する合理的範囲内にあること、昭和一〇年三月一九日頃ヒデヨが被告と肉体関係を有した場合受胎して同年一一月二六日早産ながら分娩する可能性のあること、(右三月一九日頃肉体関係があればヒデヨは受胎する可能性のあること、)被告は妻リカとの間に子供がないが、これをもつて被告が婦人を妊娠せしめる能力なしと速断しえないことが各認められ、他に右認定を左右するに足る立証はない。

被告本人神西善栄尋問の結果によると、被告は妻リカとの婚姻(明治四四年二月一八日)前に或る女に子を生ませたことがありその頃二回睾丸炎を患つたことがある旨供述しているが右睾丸炎については措信しがたく生殖能力を欠如しているものと認めるに足る立証はない。

第五、被告の主張に対する判断。

(一)  被告はヒデヨと菅福光は昭和一〇年三月二六日内縁関係を開始し、昭和一〇年七月五日婚姻し、ヒデヨは昭和一〇年一二月二六日原告を分娩しているので、原告は右両者間の嫡出子と推定せられるから、福光が嫡出子否認の訴によつて右推定を覆えさぬ以上直ちに被告が認知請求をなしえないし、すでに所定期間を経過しているから、原告の請求は失当であると主張するので以下審究する。

内縁関係は通常挙式と同時に夫婦生活に入るから挙式の日をもつて内縁関係成立の日となしうるけれども、本件の如く昭和一〇年三月二六日挙式され、同棲生活が同年四月二〇日過頃であれば、事実婚であることに鑑み、この当時内縁関係が成立したものといわねばならない。

原告は昭和一〇年一一年二六日出生したことは前示のとおりであるから原告が右内縁関係成立の日から二百日后、婚姻成立の日(昭和一〇年七月五日であることは既述)から二百日以内に生れた子であることは計算上明らかである。

右のごとき子について判例(昭和一五年一月二三日大審院民事聯合部判決参照)により、当然嫡出子たる身分を取得するとされていることは被告主張のとおりであるけれども、右の子は講学上所謂「嫡出推定を受けぬ嫡出子」であつて、民法第七七二条の推定を受けえず、従つて嫡出子否認の訴によるべき場合のものでなく、親子関係不存在確認の訴によるべき場合のものであることは判例(昭和一五年九月二〇日大審院判決参照)により極めて明らかであるから、原告が直ちに認知の請求をなしうることは明らかで、被告の前記主張は採用の限りでない。(戸籍吏が母ヒデヨ名義の出生届出により原告をヒデヨの子として受理した処理は当時としても現在においても適法である)

(二)  被告は、ヒデヨが前示訴の取下に当り示談金として約二千円を受領し、かつ原告の法定代理人として又自己自身として「今后原告の私生子認知及び両名の一身上に関しては一切苦情申出間敷」と約したにかかわらず、原告に協力して本訴を追及していることは道義違背の行為で原告の請求は失当である旨主張するので以下審究する。

右ヒデヨが前示訴の取下に当り示談金を個人として受領し、原告法定代理人として「私生子認知に関し一切苦情申出間敷」と約したことは前示認定のとおりであるけれども認知請求権のごとき身分上の権利は任意にこれを放棄、処分することは許されないから、右約旨は無効のもので原告が本訴請求をなすにつき何等の障碍となるものではない。

次ぎに、証人大森ヒデヨ、証人菅輝芽、証人菅福光の各証言原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は高校二年頃より父についての疑問を抱き高校卒業后就職の際、自己が非嫡出子として戸籍簿に記載されていることを初めて知り悶々の情を抱いていたが、その后祖父八十衛などから被告が父であることを教示せられ父恋しさの情に加え、長年にわたる所謂「私生子」としての劣等感から開放されたい一途の希みで本訴を提起したものであることが認められ、他に右認定を左右する立証はない。

そうすると、本件請求は原告の真意に基づいてなしているものであるから、被告の主張は失当である。

第六、結論

前記第一乃至第四の認定事実を綜合すると、原告が被告の子であるとの事実は証明せられたものというべきである。

右次第であるから原告は被告に対する認知請求権を有するものといわねばならない。そうすると、原告の請求はすべてこれを相当として認容し、訴訟費用の負担については民訴第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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